見出し画像

【ネヴァーダイズ 9:トランスジェネシス】

PLUS総合目次 TRPG総合目次 三部作総合目次

この小説はTwitter連載時のログをそのままアーカイブしたものであり、誤字脱字などの修正は基本的に行っていません。このエピソードの加筆修正版は上記の書籍に収録されています現在第2部のコミカライズがチャンピオンRED誌上で行われています。

<<【ネヴァーダイズ 8:オヒガン・シナプシス】へ戻る



第3部最終話「ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ」より




【トランスジェネシス】



 電子の海の揺れる海面、仰向けに浮き上がったシルバーキーに、海賊帽のニンジャが手を差し伸べた。「生きておったか。驚いた」「死なねえよ」シルバーキーは小舟に引き上げられ、01ノイズを撒き散らした。「帰るって決めたんだから」「見ろ。キンカクはあの位置で留まった」コルセアは指差した。

「カツ・ワンソーめ。さぞかし悔しかろ…」コルセアは口を押さえる。ZGGN……キンカクが鳴動したようだった。「ヒヒ、口は災いのもと」「インクィジターは?」「奴は……消えはしなかった。これからも多くの無謀者の命を奪うだろう。だが今はそんな力はあるまい。ドラゴン・ニンジャはようやった」

「なら、今がチャンスだ」シルバーキーは舟の上で立ち上がった。「じゃあな。また会える時があれば……ンンッ」飛べずに訝しむシルバーキーをコルセアは細目で見た。「オイ。己自身を見よ」「……!」シルバーキーは自身を見下ろした。身体が砂粒と化したように、端から崩れ01のノイズとなってゆく。

「くそッ……」「自我を保て」コルセアは厳かに言った。「さもなくばヤマトの二の舞、否、彼奴ほどの英雄性がお前にはなかろう。もっと悪ければ、拡散し果てて消え去るか……或いは……」「AAARGH……」シルバーキーは膝をついた。そのとき、舟べりに新たなアカウントが着地した。YCNAN。

「彼のことは私が送り出すわ」YCNANは言った。「アンタは……フム」コルセアは目を眇め、彼女と、その肩越し、二人の女神を見た。シルバーキーは呻いた。「送り出すッて……アンタどうすンだ」YCNANは肩をすくめる。「残念だけど、私の肉体はツキジで既にフラットライン(脳死)している」

「待て……じゃあ、アンタどうすンだ」「そうね。ネットワークを通じてなら、アイサツもできるし」YCNANは数電子秒の間思考し、答えた。「フラットラインした場所がツキジなのが気がかり」冗談めかして、「私の身体におかしな事をされないように気をつけてくれると、なんとなく心安らかね」

「わかった。頼まれた」シルバーキーは拡散を押さえながら請けあった。「絶対に……」「可能ならでいいわ」「絶対にだ」「ええ。それじゃ、よろしく」ZMZMZM……YCNANの両隣に老婆と黒髪の女が出現した。「頼まれてくれる?私=サン」「今ならば出来なくはない」黒髪の女が答えた。

 3人のBabaYagaがシルバーキーに触れた。シルバーキーは強力な力で引き寄せられる感覚を味わう。コルセアが帽子を傾け、アイサツした。「またいずれ」「オタッシャデ!」シルバーキーはあわててアイサツした。「ナンシー=サン!これでサヨナラはしねえぞ」「当然よ」010100101011

 1001010101シルバーキーは翔んだ。眼下を、古代ニンジャ時代、平安時代、江戸時代の様々な営みが流れ去った。それはかつてマルノウチ・スゴイタカイビルの地下深く、銀の碑で体験した現象を彼に思い出させた。「あの時とは逆だな……」0101000101彼は着地した。人工の巨大空洞に。

 ドクン。途端に、肉の感覚が、重圧が、消耗の実感が彼を襲った。「オゴーッ!」彼は銀の碑の前で七転八倒した。巨大なトリイが彼を見下ろしていた。「シルバーキー!……俺はシルバーキー……」起き上がり、踏み出す。一歩、二歩。銀の飛沫が血めいて足元に溢れたが、歩くうち、それは止まった。

 彼はニューロンと世界の深い繋がりが断たれたのを感じる。彼は困惑し、手のひらを見た。ニンジャとしての感覚は確かに残っている。だが、ずっと穏やかだ。「きっとこれでいいんだ」彼は呟いた。それから、ハッとして岩の天井を見上げた。そのずっと上を。今の彼にも、強烈なニンジャ存在感は明らかだ。

「まさか……なんてものじゃねェ」シルバーキーは走り出した。「決まってる」すぐに息が上がった。己に喝を入れ、それでも急いだ。「決まりきってるんだ……!」エレベーターに乗り込み、最上階ボタンを押す。幸い、動いた。「緊急用電源」の表示が液晶パネルを流れた。ゴゴウン……。

 到着したエレベーターから滑り出、非常階段を探し、駆け上がる……「イヤーッ!」回転ジャンプでエントリーした先、まず目に入ったのは白み始めたネオサイタマの遠景。そして四隅を囲むシャチホコ・ガーゴイル。外周部に立ち、取り囲む……ナムサン……!ザイバツ・シャドーギルドのニンジャ達。

 そして中央で睨み合う二者。「ニ……」シルバーキーは叫びかけ、凍りつく。乱してはならぬと感じた。ニンジャスレイヤーとダークニンジャはオジギを行っている。屋上階段の付近に位置していたスパルトイが殺気に満ちた目で睨み、武器に手をかけた。それを遮るようにユカノがシルバーキーの側に立った。

 ユカノはシルバーキーに目配せし、それからニンジャスレイヤーを見た。ニンジャスレイヤーは確かに彼女に視線を返した。ユカノは厳しい顔で頷いた。(戦うのです、フジキド。斃れてはなりません。どうにか……どうにか打ち破ってみせなさい……!)

 キョート城を、己の存在を守る為、ダークニンジャとシャドーギルドがアマクダリと戦う事は規定の流れだった。その果てに、ダークニンジャがニンジャスレイヤーを仕留めにかかるであろうことも予見できた。この二つの行動は分かち難い。だが、ユカノはフジキド・ケンジのカラテを信じ、最善を尽くした。

 今の彼女にできるのはせめて、取り囲むギルドのニンジャが何らかの卑劣な手口に出た時、口火を切って乱戦に持ち込み、死に物狂いで戦う事だった。だが、タタミ4枚距離のダークニンジャと対峙し、互いにオジギして頭を下げながら、むしろニンジャスレイヤーのニューロンは澄み渡っていた。

 やはりダークニンジャは生きていたか。倒すべき敵。妻子を直接に手にかけた男。包囲するのはザイバツのニンジャ。キョートでのイクサを経てその戦力を吞み込み、己のものとしたか。いかにしてか彼らはこの世から存在を消していた。今はわかる。キョート城が空に浮いている。

(((全て殺せ。フジキド)))ナラクの思念がニューロンを焼き焦がす。この屋上を取り囲む有象無象のザイバツ戦士ども。雄々しく振舞ってはいるが、そのほとんどが激しいイクサで消耗し、なかには気を張らねば力失せて今にも転落しそうな者も少なくない。初手はヘルタツマキ。ナラクが示唆する。

(黙れナラク!)オジギから頭を上げ、ダークニンジャを、仇を見据えた。これは一騎打ちの決闘だ。重要な礼儀作法であり、それ以上の思惑も恐らく敵にはある。ギルドのニンジャが横槍を入れる気配は無い。ダークニンジャはほぼ無傷。だが存在の根幹に内包している重い揺らぎを、彼は看破した。

 付け入る隙は必ずある。必ずだ。(((オヌシは立っているのもやっとだ。ゆえに)))ナラク・ニンジャの思念が熱い血流と化し、彼の身体を駆け巡った。フジキドにそれを止める力はもはやなかった。(((儂の力を喰らうがいい)))パリパリと音を立てて、黒く焦げた装束が内なる炎に燃え始めた。

 装束は燃え、生まれ、再び燃えた。それはナラクの炎だ。しかしフジキドの意識が、自我が、呑まれる事はなかった。流れ去る事はなかった。ただならぬアトモスフィアに狂ったか、数百の鴉が畏れをなし、屋上四方のガーゴイルから一斉に飛び立った。それを合図に、両者は動いた。「「イヤーッ!」」

 ベッピンが横に薙いだ。ニンジャスレイヤーは地面すれすれを滑り、躱しながら交差した。「イヤーッ!」ダークニンジャが振り向きざまの斬撃を見舞う。ニンジャスレイヤーはバックフリップしながら身をひねり、空中回し蹴りを放った。フジキドのボロボロの肉体を、血流と装束の炎が強引に動かしている。

 ダークニンジャは蹴り足をブレーサーで受けた。0と1のノイズが衝突点で散った。どこか脆さを感じさせた。ニンジャスレイヤーは目を見開く。マフラーめいた布がもう一つ生じた。二筋だ!「イヤーッ!」蹴りの反動で高く跳ね回転、恐るべき速度の踵落としを打ち下ろす!「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ダークニンジャはバック転で回避した。KRAASH!床が割れた。ニンジャスレイヤーは粉塵の中から飛び出し、抉り取るような鈎手で殴りつける。「イヤーッ!」右!「イヤーッ!」左!「イヤーッ!」右!KRAASH!ダークニンジャは連続攻撃の最終段を鍔で受ける!「「ヌウウーッ!」」

 ゴゴウ……マフラー布の先端が苦しげな炎を放った。フジキドは自覚する。死が近い。だが、死ねば殺せぬ!「イヤーッ!」「グワーッ!」前蹴りがニンジャスレイヤーを跳ね飛ばした。「イヤーッ!」斬りかかる!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは空中で身体を旋回させ、マフラー布で受ける!

 ドウッ!ドウッ!ドウッ!爆発的なカラテ・エネルギーがフジキドの心臓を駆動させた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」刃をマフラー布で幾度も弾く。そのたび赤黒の炎が跳ね、宙に散った。「死ぬんじゃねえぞ……!」シルバーキーは拳に力を込めた。「死にません!」ユカノは祈るように呟く。「決して!」

「……イヤーッ!」ダークニンジャの連続攻撃をニンジャスレイヤーは躱しきった。最後の斬撃はやや大ぶりだった。彼は背中を向けていた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは連続側転で接近し、斜め上からの回転攻撃、カマキリケンを繰り出す。「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ナムサン!ダークニンジャの背向けはイアイ攻撃の予備動作だった。ニンジャスレイヤーの胸が横に裂けた。ニンジャスレイヤーは踏みとどまった。噴き出した血が燃えながら傷を塞ぐ。獣じみたカラテで向きなおる己自身を、フジキド・ケンジは一瞬遅れて知覚する。

 ギャギャギャギャ……ダークニンジャは地面にベッピンを突き立てて急旋回し、円形のバーンアウト痕を焼きつけた。それはニンジャスレイヤーの向き直り速度よりも遥かに早い。ヒサツ・ワザを撃つ猶予すら与えるほどに。ニンジャスレイヤーはニューロンを燃やした。ベッピンが消えた。「「イヤーッ!」」

 KABOOOOM!デス・キリ!ダークニンジャはニンジャスレイヤーの後ろに……立てていない。彼は弾かれ、再びタタミ4枚距離に相対する。彼は眉根を寄せた。クロスガードするニンジャスレイヤーの腕と、ベッピンの切っ先に微細な稲妻が走っていた。バチバチと雷光を散らし、消えた。

 それは神の雷の名残り、大気圏突入時のイクサの折の帯電であった。ナラクは身体にいまだ帯びていた電力を腕部に集中させ、デス・キリを受けたのである。ニンジャスレイヤーをボロボロに打ちのめしたエネルギーが逆に彼をただ一度救った。サイオー・ホースか。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは攻撃!

「グワーッ!」ヤリめいたサイドキック!バチバチと音を立て、ローブの裾から0と1のノイズが散った。「あ……あるじ」ドモボーイが思わず呻いた。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはダークニンジャの頭部を吹き飛ばすべく、鈎手を繰り出す!「イヤーッ!」ダークニンジャはカラテ斥力で押し留める!

「イヤーッ!」弾き飛ばす!「ヌウーッ!」タタミ2枚距離に踏みとどまるニンジャスレイヤー!ブスブスと音を立ててマフラーが火を吹く。ダークニンジャは既に空中にいた。高速回転の中から刃が繰り出された!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの目が燃えた。右肘が赤黒の火を噴いた。拳!刃を殴る!

 KRAAASH!ベッピンは……折れぬ。(((バカな)))ナラクでさえ驚愕に目を見開いた。ダークニンジャはニンジャスレイヤーの側面に着地し、地を蹴った。「イヤーッ!」「グ……」ヤミ・ウチ。ベッピンの刃は根元まで通っていた。ダークニンジャは切っ先をねじり、抉り込んだ。「グワーッ!」

「フジキド!」ユカノが叫び、シルバーキーが思わず踏み出そうとする。二人の周囲の空気が殺気に歪み、凝った。ニーズヘグが彼女を凝視し、さらに対角でパーガトリーが両手を掲げている。その意志の拮抗、さながら物理障壁を押し合うがごとし。「キリステ」ダークニンジャは宣誓する。「ゴーメン」

「ヌウッ……ヌウーッ……ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーは刃を掴み、わずかに引きずり出す。赤黒の炎がベッピンを伝う。だが、おお、ナムサン……ベッピンは憤怒の軋み音を発し、赤黒の炎を振り払った。サンダーフォージによって呪いを込められた刃。ニンジャスレイヤーに決して折られる事はない。

「ヌウウーッ!」ダークニンジャも同様に死力を尽くしていた。彼は渾身の力を込め、再びベッピンの刃を柄までねじり入れた。全身から0と1のノイズがひときわ強く散った。「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの装束が赤黒く燃え上がった。メキメキと音を立て、メンポに亀裂が走った。瞳の炎が薄れた。

(((フジキ……ド……)))ドクン!ドクン!ドクン!(貴様もインガオホーのツケを払う時だ。人外の怪物よ)ダークニンジャはニンジャスレイヤーを呪った。(ここが貴様の殺戮の果てだ。ヤリを我が手に。おれはワンソーを討つ)ニンジャスレイヤーのソーマト・リコールを、声が塞いだ。(さらばだ)

「イ……」ニンジャスレイヤーの手が、なお動いた。「イヤーッ!」チョップを刃に打ち下ろした。決して折れる事はない。そういう呪いだ。「イヤーッ!」チョップをダークニンジャの肩に打ち下ろした。ダークニンジャは無言で耐えた。ベッピンはナラク・ニンジャの厖大なソウルを音立てて啜り終えた。

 ニンジャスレイヤーのメンポに無数の亀裂が走った。もはや「忍」「殺」と読むこともできぬ。フジキド・ケンジの意識は途絶えた。ぐったりと力失せ、身体がフジオ・カタクラにもたれかかった。ダークニンジャはベッピンから溢れる邪悪なエネルギーに慄いた。耐えた。ただ耐えた。そして沈黙が訪れた。

 ダークニンジャは激しい闇を溢れさせるベッピンの刃を引き抜き、フジキド・ケンジの身体を引き剥がした。ソウルを失った憑依者の死体は爆発四散することもない。刃を伝って赤黒の炎が闇のローブに燃え移ったが、やがて呑まれた。

 バシッ……バシッ……ザイバツ・ニンジャたちの肉体がノイズを発し始めた。ユカノはぐっと嗚咽を堪えていた。これはイクサである。戦士がイクサに臨み、決着した。シルバーキーはユカノの手首を反射的に掴んだ。ユカノを現世に留める。その為に力を使う。彼女の力でキョート城から帰還できたのだから。

 一人。また一人。ザイバツの戦士たちがキョート城へ帰ってゆく。太古の時代に世界を私した究極の邪悪、はじまりのニンジャとの最後のイクサへ臨む為に。ヤリ・オブ・ザ・ハントの力を得たベッピンはオヒガンの果てにヤマト・ニンジャの墓標を見出し、黄金の林檎へ導くだろう。運命に抗う力の源へ。

 ダークニンジャの帰還はもっとも遅かった。ナラク・ニンジャのソウルが現世に留め置く力をすら引き延ばしていたのだ。シルバーキーはユカノを掴んだまま、庇うように前に出た。ユカノは瞬き一つせず、ドラゴン・ゲンドーソーの最後の弟子を見届けていた。

 ドクン。ドクン。ドクン。ドクン!強烈な鼓動音がベッピンの刀身を波打たせる。ドクン!ドクン!ドクン!ダークニンジャがまず気づいた。違う。ベッピンの音では無い。横に立つドラゴン・ニンジャとシルバーキーでもない。フジキド・ケンジは目を開いた。倒れながら、後ろに転がり、立ち上がった。

「奪わせはしない」フジキド・ケンジは言った。「奪わせはせぬ。二度とは!」ダークニンジャはザンシンしていた。ゆえに即座にカイシャクに動いた。赤黒の炎失せ、墨汁めいた黒に染まったニンジャスレイヤーの装束の輪郭に、赤橙色の光が生じた。輪郭を彩るその色は溶けた鉄めいていた。

「イヤーッ!」繰り出されたベッピンを、フジキド・ケンジは左手で掴んだ。ボタボタと溢れた血が足元で焼けた。溶鉄めいて。ダークニンジャは刃を引こうとした。フジキド・ケンジは左手で掴み続ける。メンポの亀裂が蠢き、「殺」「伐」の文字を形作った。ダークニンジャは眉根を寄せる。

 空は白み始めていた。遠く、桜が待っていた。否。それは舞い散るオリガミだ。桜色に輝いて。ユカノは確信を持って頷いた。フジキドはベッピンに決断的なチョップを打ち下ろした!「イヤーッ!」KRACK!折れた!「バカな!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 決断的拳がダークニンジャを捉えた!ダークニンジャはカラテを構え直そうとする。現世との繋がりが失せかかり、身体制動に瑕疵が生じている。フジキドは左手に残ったベッピンの切っ先部分を握り砕いた。AAAAAAAAARGH……!天地が鳴動し、切っ先は真っ白に白熱して飛び散り、空を舞った。

 モータルの呻きと怨嗟の声はやがて地中深く、銀のオベリスクのもとに沈んでいったが、フジキドは知らず、更なる拳を見舞っていた。「イヤーッ!」「グワーッ!」ジェット・ブラックの装束は、動きに合わせ、輪郭部分で赤橙色を発する。溶鉄にふいごの火が送られるごとく。これが彼の装束の様相だ。

「そなたは既にメンキョを得ている!」ドラゴン・ニンジャが叫んだ。「トドメオサセー!」「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」左拳!「イヤーッ!」右拳!「グワーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ダークニンジャは不自由な身体をおして拳を止めた!「貴様…これは!」

「イヤーッ!」「グワーッ!」頭突き!メンポに刻まれた「殺」「伐」の文字が赤橙に燃える!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」二者の手と手が組み合い、押し合う!ダークニンジャの背中が0と1の飛沫を噴き上げ、天空のキョート城が明滅する!「イヤーッ!」「グワーッ!」

「ヌウーッ!?」たたらを踏み、驚愕とともに身を守るダークニンジャ。フジキドは拳を振り上げ殴りかかる。「イイイ……」0と1のノイズが溢れ続ける。防御が間に合わぬ!「イイイヤアアーッ!」「グワーッ!」拳がダークニンジャの顔面を捉えた!戦士は吹き飛び、受け身を取り……ノイズに呑まれた!

「フジキド!」ユカノが叫んだ。フジキドは殴り抜けた拳を押さえ、膝から崩れた。シルバーキーが拳を振り上げた。「や……やったぜ!オイッ!やったんだ!畜生!やったんだッ!」ZZZZOOOOM……キョート城が呻き声をあげ、オヒガンに消えた。桜色の紙片が風に乗って吹き抜けた。

 フジキドは微動だにせず、懸命のチャドー呼吸を続けた。鉛じみて重い瞼を支えながら、消えゆくキョート城を睨んだ。そしてその先のフジサンを。西の空を。彼は己が何者になったかを理解した。ドラゴン・ドージョーのインストラクションが、そしてかつて私立探偵が戯れに考案した名が、彼を蘇らせた。

 彼は己が何者になったかを理解した。フジキド・ケンジは、漆黒の装束のリアルニンジャとなったのだ。



◆◆◆



 ……戦いは終わった。朝焼けの空、鷲の翼を構成するはずだった人工衛星群が、流星となって燃え落ちてゆく。それが、アマクダリの最後の落日の象徴であった。ハイデッカーは崩壊し、都市機能は麻痺。世界を漂白し、均質化し、精密時計の如く永遠に凍りつかせんとしたアマクダリの企みは、打ち砕かれた。

 砕かれた月は、天頂から足掻くように滑り落ちながら、今なお衛星軌道上に浮かんでいた。分裂した破片は互いの重量と引力で激突を始めていた。骨の如き鉄骨と地殻と硫黄が混ざり合い、残り火の如き爆炎が未だ焚き上がり、捏ね合わされてゆく。死と破壊の中から、新たな何かを生み出さんとするかの如く。

 セクトの構成員らは、胸の天下バッジを隠しながらビルの高みの居室でガタガタと怯え、無軌道な大衆に災いあれと願った。だが皮肉にも、略奪等の蛮行は、抜け殻となった自動化セキュリティシステムによりある程度抑制されていた。血を流し喰らい合った秩序と混沌が、歪なパッチワークを成し始めていた。

 解き放たれたケオスの反撥が、世界各地を揺らしていた。大地は砕けて折り重なり、生物と機械の死体が混ざり、海水が流れ込んでいた。隆起する地盤と流れ込む海水が新たな都市の様相を形作りつつあった。この先には、勝利と生命の歓喜。やがて、恐るべき混乱と野望と不和と分断の時代が訪れるであろう。

 だが今日、オーボンの戦いを勝利した者達には、生存を喜び合うのに十分な時間があった。スゴイタカイビル前広場。屋上の死闘も、ケオスの反撥の全貌も与り知らぬ人々が、穏やかな余韻に浸っていた。流血の末の勝利といえど、攻撃的な雄叫びを上げる者はもはやいなかった。誰もが戦いに疲れていたのだ。

 またそこには、奥ゆかしい音楽とマイがあったからでもあろう。数年前から規制、禁止されていたオーボン・フェスが、即席で開催されていたのだ。機材バンでは片腕DJが円盤を回し、アノヨの仲間と息子に呼びかけていた。掻き集められたチグハグの提灯が揺れる幻想的光景。失われて久しい笑顔があった。

 再起動して家路につくカワイイコ系列オイランドロイドたちは、広場前の多種多様な人々と混ざり、マイコ回路の誤作動で楽しげにサイバー・ボン・ダンスを踊った。ネコチャンAIは帰らなかった。月が爆発した時、アルゴスの支配を脱せたはずではあるのだが、彼女はエシオのもとへと戻らなかったのだ。

 月から飛び渡る最中に01ノイズと化したか、アルゴスと共に消滅する運命を選んだか、何か別の理由か。いずれにせよ彼女は永遠に戻らず、ネコネコカワイイの再結成もなかった。それでもカワイイコは笑顔で踊っていた。一体は、頭に自作Tシャツを巻いた筋金入りのアーティストと不恰好に踊っていた。

 片腕を三角巾で吊ったシノブは、慰霊碑前のナスビ牛に手を合わせ、お別れの祈りを捧げていた。何度踏みにじられても慰霊碑前に設置され続け生き残った、十数個のキュウリ馬やバイオナスビ牛が並んでいる。だがあのスリケンは、喧騒の中で何処かに消えていた。どこから来たのかも解らぬ、あの鋼鉄の星。

 願わくは、このクソッタレの現実をズタズタに切り裂きたまえと投げ放った、あのスリケン。追い詰められ八方塞がりとなった彼女が、ヤバレカバレで投擲した、あのスリケン。シノブにはあれが、このオールド・オーボンの夜に、アノヨから弟が投げ寄越してくれた武器だったのだろうとしか思えなかった。

 誰に何を言われようと、彼女はその考えを曲げるつもりはなかった。なぜならシノブが、そう決めたのだ。そしてあの鋼鉄の星は、未だ自分の胸の中で熱を放っているのが解った。おそらくは、その記憶が続く限り、永遠に。シノブは弟と皆に礼を言い、立ち上がり、踵を返して、強い笑顔で涙を拭った。

 いつ終わるともしれぬ、スゴイタカイビル前広場のボン・ダンス・フェスには、戦いを終えた人々が、力強い足取りで集い続けていた。その中には、双子の兄弟や、赤い髪の女パンクス、サムエ姿の男、桜色の瞳の少女などもいた。ネオサイタマにニンジャは未だ在り、人々の営みの中に奥ゆかしく紛れていた。



◆◆◆◆◆ NINJA SLAYER:NEVERDIES ◆◆◆◆◆

 ドンコドンコドンドン! ドンコドンコドンドン!

◆◆◆◆◆ NINJA ENTERT@INMENT ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ BRADLEY BOND ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ PHILIP NINJ@ MORZEZ ◆◆◆◆◆

ドンコドンコドンドン!ドンコドンコドンドン!ドンコドンコドンドン!

◆◆◆◆◆ ブラッドレー・ボンドと ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ フィリップ・ニンジャ・モーゼズの ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ 創作物に基づく。 ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ ニンジャスレイヤー ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆ 猥褻が一切無い。 ◆◆◆◆◆

 ドンコドンコドンドン! ドンコドンコドンドン! ドンコドンコドンドン! ドン!「「「イヤーッ!」」」





(ニンジャスレイヤー 第3部「不滅のニンジャソウル」 ここに終わる)






110101010001000100010011111






 荒野。

「あの日、実際、何が起こったかと……?」継ぎ接ぎの反重力バイクに跨る薄汚い老人は、飛散したテック残骸のスキャンを続けながら、錆びたサイバーサングラスの下で笑った。彼方の山並みでは、巨大なニンジャの影が蜃気楼の如く揺らいでいる。「世界のタガが外れ、混沌が世界を再分断したのさ」

「磁気嵐の消えた世界で、まずは人々の混沌が吹き荒れた。すぐに、ヤクザ・シンジケートや暗黒メガコーポがそれを押さえ込み、新たな勢力図を引き直した。ネオサイタマは複数に分裂し、尊大なるヤクザの少年がその一区画を我がものとした。ヨロシサンは本社を別大陸に移した。だが、さらに先があった」

「その数年後、邪悪なる太古のカラテが世界全土を覆ったのだ。……最初に蘇ったのは、ギザのピラミッドの棺を内側から押し開けた、恐るべき暗黒のファラオニンジャ、セト。奴は闇のカラテ使徒を鍛え上げ、何らかの探索のために世界各地へと放った」

「次いで、カナダの森林地帯を、山のように巨大な得体の知れぬニンジャが彷徨い始めた。ネオサイタマ南東湾岸廃墟には、謎めいた焦土の徘徊者ペイルライダー。ケイムショはロンドン塔を己のドージョーと宣言し、十七もの区画を死者の都へと変えて大英博物館を包囲した」

「楽園の如きオキナワ海底都市も、クジラの背に乗ったニンジャの攻撃により崩壊の瀬戸際。地底には対立する二人のクエスターあり。報酬に釣られたニンジャを契約で縛り使役する。あるいは知っておるか?狭間の城を根城とするニンジャの軍が、古代のニンジャを狩り、超自然の版図を広げ続けている事を」

「奴らの狙い?さあて……わからん。知っての通り、ネットワークもエメツのオーバーテックも健在よ。それでも、分断された領域の中で何が起こっているのかは、見通せん。主要都市の人間達にとって、それは対岸の火事かもしれん。だが、それらは確実にそこにあり、この世界に影を落とし続けているのよ」

「ガイオンやアタラシ・サイベリアなどの巨大経済都市、その支配階層やカチグミには、密かにニンジャが紛れこんでいるという噂もある。ニンジャ禁止法が敷かれ、ソウル憑依者の徹底的な除染が行われている排他的都市もあれば、異常発達したサイバネもドロイドも全てを坩堝の如く受け入れる都市もある」

「このごに及んで、未だニンジャの存在を頑なに否定する者すらいるが、今や世界は混沌がもたらした深い傷跡を見渡し、新たな得体の知れぬコモディティをえぐり出し始めた。これ、この鉱物をな。バイクを宙に浮かせる反重力プレートの原材料。そして都市と都市を瞬時に結ぶポータルの燃料。カネの元よ」

「これが湧き出す場所に、暗黒メガコーポやヤクザが要塞都市を作り、莫大なカネを手にしている。悲劇の時代?いいや、危険極まりない可能性の時代が来たともいえる。ブッダ曰く、コップに汲んだ一杯の水でも4種類の見え方がある。あいつがハッパ吸ってラリってたんでなけりゃ、まあ、そういうことよ」

「怖気付いたか。それでもカネが欲しいか?力が欲しいか!ならば混沌の坩堝、ネオサイタマへ行け。サラリマンたちは、明日世界が滅ぶやもしれぬ状況下でなお整然と業務を続けている。他国では未だ倫理禁忌のLAN直結手術やバイオサイバネや身体部品サイバネ化手術が、ストリートの裏で横行している」

「そこでは、人々は灰色のメガロシティに棲み、夜な夜なサイバースペースへ逃避する。政府よりも力を持つメガコーポ群が、国家を背後から操作する。重金属酸性雨を浴び、バチバチと音を立てて明滅するネオン看板の群れ。路地裏に入れば、クローンヤクザを雇った違法サイバネ屋が欲深げな眼光を向ける」

「欲しいのは銃か、ウイルスか、クロームメタルの心臓か。それとも頭にUNIXを埋め込んで、暗黒メガコーポに無謀な戦いを挑んでみるか。欲望渦巻くケオスの都。生きるか死ぬか。ニューロンを焼き切るか、焼き切られるか。それともアサシンの放った銃弾が、お前の頭を吹き飛ばすのが早いか」

「そこがネオサイタマ。鎖国体制を解いた日本の中心地だ」





01010101011111111111111





 燃え落ちるテンプル。巨大黄金ブッダ睡眠像の前で、二者は対峙した。タタミ四枚の距離で向かい合い、カラテを構えた。一者は漆黒の装束。「ようやくオヌシと相見えることができたか」禍々しき「殺」「伐」のメンポ!襤褸布じみたマフラーから、黒い火の粉が散る!「ドーモ、サツバツナイトです……!」

 対する一者は、満身創痍の赤黒装束!「忍」「殺」のメンポからは、鉄の軋むような音が鳴る。襤褸布じみたマフラーからは、赤黒い炎が舞う。足元には敵の死体の山。血の涙を流すその双眼には、ニンジャに対する苛烈な憤怒が燃えていた!「ドーモ、サツバツナイト=サン、ニンジャスレイヤーです……!」




【ニンジャスレイヤー:エイジ・オブ・マッポーカリプス】 へ続く◆






N-FILES

アマクダリとの戦いを終えてスゴイタカイビルへと帰還したフジキド・ケンジがナラク・ニンジャのソウルを失い、死の淵に瀕したその時、彼は自らのカラテによって漆黒装束のリアルニンジャとなった。このエピソードはシリーズ最終章のため、これまでの各部のシリーズ最終章と同様、フィリップ・N・モーゼズとブラッドレー・ボントが交互でシーンを担当するリレー執筆形式となっている。



!!! WARNING !!!
N-FILESは原作者コメンタリーや設定資料等を含んでいます。
!!! WARNING !!!

ここから先は

4,985字 / 1画像

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?