【デッド! デダー・ザン・デッド!】#2
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KABOOOM!
「アバーッ!」
時刻は午後2時! ウシミツ・アワーから最も遠い健全時間帯であったが、このストリートではそれでも十分に危険だ。廃車が爆発炎上し、ジャンクを漁ろうとしていたヨタモノが炎に包まれて地面を転げた。
「ヤッタゼ!」「バカ!」「ゲット!」
物陰から三人が飛び出し、手にしたバールでヨタモノを繰り返し殴りつけた。
「グワーッ! グワーッ!」
「スーパーゲット!」「間違いない方法だぜ!」
恐るべきスカベンジャーズは、痙攣するヨタモノから金目の指輪・アクセサリ類や財布を剥ぎ取り、雄たけびを上げた。
KABOOOM! 別の区画で爆発が起こり、立ち並ぶ雑居ビルの向こうに黒煙の柱が立ち昇った。装甲板で補強された軽自動車がオートバイ強盗と銃撃戦を繰り広げながら角から走り来て、瀕死のヨタモノとスカベンジャーズをまとめて撥ね飛ばした。
「アバーッ!」
空中に跳ね上げられたヨタモノとスカベンジャーズは「ようこそスタンピード通り」と書かれたネオン看板に次々に衝突し、黒焦げになって火花を散らした。蛇行する軽自動車の助手席からはモトクロスアーマーで武装したカーギャングがボウガンを構え、オートバイ強盗を射殺した。
「アバーッ!」
「ザマァ見晒せ……アバーッ!?」
KRAAAASH! 軽自動車がカーブし損い、「バカ」「アブナイ」「超スゴイ」等の文字がグラフィティされた壁に衝突、爆発炎上した。ナムアミダブツ!
「ウィーピピー!」
やがて、一部始終を見守っていたストリート・チルドレンが集まり、死体の靴やジャケット、鎌バットを収奪した。
「ヤッタゼ! これ俺の!」「俺なんてスタンガン・ジュッテだぜ!」「僕はハンドガンだ! スッゲー!」
ナムアミダブツ! なんたる食物連鎖じみた悲劇のドミノ倒しか! だがこれも2040年ネオサイタマのマッポー区画、スタンピード・ストリートではチャメシ・インシデントなのだ! 国家が消滅し、豪族企業や自警団が領土区画を保護するなか、見落とされた貧困地域における福利厚生は完全に死んだ。信じられるのは力と知恵のみであった!
「……オイ、あれ」
収奪を行っていたチルドレンがふと手を止め、通りの向こうを指さした。陽炎の中、こちらへ歩いて来る女に警戒の眼差しを投げかけた。
「知った顔か?」「俺知らね!」「俺も!」
女は若く、髪は黒く、服も黒い。袖の下のついた変則的な黒いジャケットに、黒いスカート。首に巻くマフラーは桜色で、背中には二本の小ぶりのカタナをX字に背負っている。
女の足取りには迷いがなかった。どこかの目的地を目指してまっすぐに歩いて来る。そして、独りだ。 スタンピード・ストリートを独りで歩ける女など、オイランにもいない。つまりどう考えても凄腕だ。 チルドレンは迷い、誰からともなく、ゴミの山に身を潜めた。女は彼らが見守る中、横切っていった。
(ニンジャじゃないか?)(多分な)(何しに来た?)
チルドレンは囁き合った。
(キングピン=サンに報告するか? お小遣いもらえるかも)(でも、あいつムカつくよ)(そうだよ。それに、もうちょっと調べてからにしようぜ)
キングピンは嫌われていた。
女が歩く10メートルほど後方を、薄汚いチルドレンがこそこそと続く。彼らの表情は好奇心から緊張と恐怖に変わってゆく。雑居ビル群が放つアトモスフィアが変わった。昼というのに、上方に張り出した破損ネオン看板や配管パイプのせいで夜のように暗い。アスファルトはひび割れ、汚水が染み出し、物陰にバイオネズミが蠢いている。女はひくひくと鼻を震わせ、立ち止まった。チルドレンは一斉にゴミタンクの陰に隠れた。
「……」
女は手に持つ地図と、雑居ビルの入り口を見比べた。入口の左右にはドクロ印のチョウチンがあり、ガラスショウジ戸の上にはシメナワと、ナムサン……腐敗した山羊の生首が飾られていた。
(オイ、あれ……)(マジかよ)(デビルドクロ・ヤクザクランに?)
チルドレンが囁き合った。デビルドクロは完全なタブーだった。不用意に盗みに入ったりアサルトを試みた命知らずは、全身の皮を剥がされ、調理される。見よ、クラン事務所の向かいには「バカケバブ」と書かれた自動販売機がある。最悪の場所だった。女はまさか……この事務所に用があるのか!?
(限界だ!)(ヤバイ)(ヤバスギル!)
チルドレンはそこに留まって女を見守ることすらはばかられた。近づきすぎている。彼らは唾をごくりと飲み、後ずさった。スタンピード・ストリートで生き残るには、大胆さ、勘の良さ、そして引き際を知る奥ゆかしさが何より必要だ。彼らは逃げ出した。そのとき、チルドレンの一人は、女の目が桜色に光り、マフラーも同様に桜色の炎の塊めいて輝くのをたしかに見たと思った。
◆◆◆
KRAAAASH!
ガラスショウジ戸が蹴りの一撃で破砕した。ヤモト・コキはキラキラした破片を蹴散らし、ジゴクめいた応接室に飛び込んだ。
デスドクロ・ヤクザクラン応接室は三階の高さまで吹き抜けになっており、不気味なブッダデーモン文字の書かれた旗が垂れていた。本来在るべきヤクザ心得の額縁の代わりに悪魔じみた七芒星タペストリー、ブッダ像の代わりにバフォメット像、ゴルフクラブの代わりに血塗られたサスマタ、灰皿の代わりに邪悪なハーブの燃えカスで満たされた真鍮器、ヤクザボンボリの代わりに黒い蝋燭があった。広い応接室の中央にはバイオタイガーの毛皮のかわりに魔法陣が蝋で描かれており、そこに半裸のニンジャが座っていた。身体にはブディズム・チャントがびっしりと書かれていた。明らかに常軌を逸した場所で、常軌を逸したニンジャだ。そして、そこにいる手下のヤクザ達は、輪をかけておかしかった。
「アバー……」「アバー」「アバーッ……」
ヤクザ達の眼は白く濁り、ゆらゆらと頭を揺らし、何をするでもなく、室内に佇んでいるのだった。ヤモトは室内を満たす腐臭に顔をしかめた。
「ドーモ。ヤモト・コキです」ヤモトはニンジャに向かってオジギを繰り出した。ニンジャは曖昧な視線を返し、かすかなアイサツを返した。「ドーモ……スカルヘッドです」
「ラストリゾートというニンジャがここにいる筈!」ヤモトは言った。「あいつはアンタたちに匿われて、ひどいドラッグを作ってる。もう、全部わかってる。連れてこい!」
「ラストリゾート」スカルヘッドは震えだした。「おお……ラストリゾート=サンか……奴め……奴のメディシンが、我がデスドクロをこのようにしたのだ」
彼は大儀そうに立ち上がった。ヤモトはなお問うた。
「どこにいる!」「あれだよ……」
スカルヘッドはバフォメット像のひざ元を指さした。
「あれがラストリゾートだよ」
ナムサン。そこには目を見開いて事切れたニンジャの生首がある。違法麻薬を無限に精製し、ネオサイタマの貧民街を苦しめた大外道ニンジャ、ラストリゾートの成れの果てであった。
スカルヘッドはヤクザたちを示し、語る。
「で、こいつらは……ゾンビーだ……どうだ、今まで以上に忠実なワカモノどもだよ……奴のせいで……」
スカルヘッドは俯いた。
「俺までこんな事になるなんて……聞いていないぞ……奴を制裁したが……無駄だった……だから、お、俺はここで、呪いを防ぐべくメディテーションを……アバッ!?」
激しく痙攣した。
「アバッ!」
のけ反る! 長い爪の生えた両手で顔面をかきむしる!
「アバババーッ!」
ニンジャ頭巾が裂け、顔面の皮が裂けた。ヤモトは身構えた。
「アババババーッ……アバー」
剥き出しとなった血塗れの頭蓋骨の眼窩の中で血走った眼球が動き、ヤモトを見た。もはやそこにいたのは生きたニンジャではなく、爆発四散したニンジャでもなく、ゾンビーニンジャであった! ナムアミダブツ……一体いかなる悲劇がこのヤクザニンジャを襲ったのか? その答えを知るラストリゾートはもはや生首になり果てたというのか! そればかりではない! 何たる不吉か……ヤモトのニンジャ聴力は感じ取らずにはおれなかった。壁際に並ぶ棺桶群のひとつが、ガタガタと鳴ったことを。
「カカレー……」
スカルヘッドが手を動かし、指示を下した。たちまち、それまで虚ろにふらついていたゾンビーヤクザたちが、銃やサスマタを構えて一斉に襲い掛かった。
「アバーッ」「アバーッ」「アバーッ」
ヤモトは眉ひとつ動かさず、背中の二刀、「ナンバン」と「カロウシ」を抜き放った。
「イヤーッ!」
繰り出されたドスを弾き、ナンバンで逆袈裟に切り裂き、逆手のカロウシで腹を刺し、蹴って引き抜いた。銃弾をしゃがんで躱し、回転して足首を切り裂き、飛び上がって首を刎ね、部屋の角にナンバンを投擲し、ガトリングガンを構えたゾンビーヤクザの眉間を貫いた。サスマタゾンビーヤクザがヤモトを押さえつけにかかるが、その背中には飛び戻ったナンバンが突き刺さった。ヤモトの目はますます強く桜色に燃え上がった。
ジゴクめいた影が円を描くように室内を滑り、ヤクザの手や首が飛んだ。ゾンビー・ブラッドの飛沫が天井を赤く染め、床の魔方陣に一層不気味なアトモスフィアを付与した。カタナの血は桜色の光に焼かれ、見る間に蒸発していく。残るはスカルヘッドただ一人である。
「アー……死ンダ……イナクナッタ」
スカルヘッドは呟いた。
「俺モ……イナクナル」
そして身を沈め、高く跳ねて、襲い掛かった!
「アバーッ!」「イヤーッ!」
ヤモトは逆X字に刃を繰り出し、鮮やかな一撃でスカルヘッドの両腕を刎ね飛ばした。サツバツ! しかし、ウカツ! ヤモトはゾンビーニンジャとのイクサにさほど慣れていない。痛みを感じぬゾンビーニンジャは四肢を失おうとも攻撃を継続する。それがネクロカラテの恐怖なのだ!
「GRRRRR!」「ンアーッ!?」
ヤモトの肩に、両腕を失ったスカルヘッドがそのまま食らいついた。引き剥がそうとするが、ヤモトの腰をがっちりと両脚でロックし、決して離れようとしない。
「ンンーッ!」
ヤモトは倒れ込み、床を転がった。
「アバーッ! アバーッ! アバーッ!」
スカルヘッドは狂おしく襲い掛かる。ヤモトは頭を掴み、なんとかスカルヘッドの顎を引き剥がした。
「離れろ!」「アバーッ!」
何たる獰猛! ヤモトはカタナを手放し、スカルヘッドの顔面を殴りつけた。スカルヘッドはそのたび怯むが、スカルヘッドはヤモトを決して離さない。危険な状態である!
ドオン! ……ドオン!
その時である。棺桶が激しい音を立てた。さきほどガタガタと不吉に動く音を聞いた棺桶だった。ヤモトは更なる危機が迫りつつあることを知る。棺桶に納められているのは十中八九、死体。即ち、ゾンビーだ。この状態でスカルヘッドに加勢がくわわれば……。
KRAAAASH!
棺桶の蓋が跳ね飛び、斜めに飛んで壁に衝突した。そして、中から、巨躯の怪物が進み出た。
スカルヘッドとヤモトは同時にその者を見やった。ヤモトは訝しんだ。その者はズタズタのカソックコートを着、テンガロンハットを被っていた。深く俯き、その顔はわからぬが、その姿だけで十分だった。彼女はその者を知っていた。
「……ジェノサイド=サン」
「……?」
帽子の陰で緑の眼光が閃いた。ジェノサイド。彼はかすかに首を傾げた。
「……お前……」
自身の頭を押さえ、考え込んだ。スカルヘッドはヤモトに注意を戻し、再び襲い掛かった!
「アバーッ!」「ンアーッ!」
食らいつく! だがその顎がヤモトを再び捉える事はなかった! スカルヘッドの首をジェノサイドは後ろから掴み、噛みつきを途中で止め、封じていたのだ。驚くべき速度の踏み込みであった。
「お前……名前……確か……」
ぶつぶつと呟き、考えながら、ジェノサイドはスカルヘッドの背中を足で押さえ、頭を引っ張りながら、エビぞりに逸らしていく。
「アバッ……アバッ……アバババッ……?」
ミシミシとスカルヘッドの背骨が悲鳴を上げ、肉が裂け、血が噴き出した。だがジェノサイドは容赦しない!
「お前……!」
「アバババーッ! アババババーッ!?」
「うるせェ……邪魔だ!」
ナムアミダブツ! ジェノサイドは脊椎ごとスカルヘッドの頭を剥がし取り、足元に叩きつけると、無慈悲に踏み砕いた! ナムアミダブツ!
「サヨナラ!」
ゾンビーニンジャは爆発四散し、ヤモトはようやくマウントから解放された。
「いいか……お前、ちと待ってろ。覚えがある。間違いねェ」
ジェノサイドは呟き、ヤモトに手を差し出す。壁際の棺桶群の幾つかが、ガタガタと音を立て始めた。
「思い出せる……ここまで出かかってンだ……お前の名前がな……」
「ヤモト」
ヤモトは手を握り返し、言った。
「ヤモト・コキです。ジェノサイド=サン」
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