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【プラグ・ザ・デモンズ・ハート】#1

◇総合目次 ◇1 ◇2 ◇3 ◇4 ◇5


 この地において世界は青と黄の二色だ。上半分が青で、下半分が黄。雲のない空と乾ききった大地が、地平線によって真横に分断される。

 Y2Kの悲劇、電子戦争以来、世界を様々な試練が襲った。しかしオーストラリア大陸の内陸部の光景は今も昔もさほど変わりはしない。地平線を遮るオブジェクトの殆ど存在しない、どこまでも続く荒野。荒野を闊歩するカンガルー。そういうものは。

 とはいえカンガルーはもはや只のカンガルーではない。バイオカンガルーなのだ。強大な外来種が従来種を駆逐するようにして、恐らくは十年程度の短期間のうちに、通常カンガルーはバイオに置き換わった。疫病に強く、ケミカル耐性を持ち、通常カンガルーとの交雑も可能なバイオカンガルーは、あっという間に生態系を書き換えてしまった。

「……」「……」

 彼ら、大陸の支配種族……人間よりも数が多い……は、黒目がちな無表情の目で、南北に真っすぐ伸びる巨大な文明痕跡に注目する。スチュアート・ハイウェイ。破壊と劣化を経ながら、暗黒メガコーポによって大切に維持され続ける輸送の要。広大なオーストラリア大陸を南北に貫く道路である。

 彼らが目で追うのは、陽炎の中、徐々に近づいてくる滲んだ影……オムラ・エンパイアのカンオケ・トレーラーだった。まるでクロガネの鎧武者じみた装甲で覆われた巨大なトレーラーは、貴重な積荷を満載し、それらを複数の砲撃ユニットで護らせている。

 ハイウェイ沿いの岩場に身を潜めていたバイオカンガルーの群れの何匹かが、地面の震動につられるようにして、ハイウェイに向かって跳ねはじめた。震動は徐々に大きくなり、黒い影が接近してくる。カンオケ・トレーラーが突き進む。

「……」

 無言無表情のバイオカンガルーはトレーラーの前に跳び出した。トレーラーは少しのブレーキも踏まず、バイオカンガルーを撥ねた。

「また轢いてしまいました」「そうですね」

 トレーラー運転席にはパワード武者鎧姿のオムラ社員が二人。ドライバーがぼやくと、オペレータはエッチ・ピンナップのページをめくって、食べ終えたタンドリー・チキンを窓の外に捨てた。僻地勤務の彼らは愛社精神が徹底しておらず、兜のガスマスク装着の励行もおざなりなものである。

「奴ら、用もないのに行く手に飛び出してきやがりますね。アホなんでしょうか?」「アホなんでしょうね。まったくクソですね」

 道を遮るものがバイオカンガルーではなく人間であったとしても、特に問題なく彼らは轢殺するだろう。速度と耐久性を両立させたカンオケ・トレーラーはすさまじい質量であり、このハイウェイを遮るものをその都度ハンドル操作で避けていては、逆に転覆からのエメツ反転炉爆発などの大惨事を招く。百倍の生物が死ぬ。カイシャにも大損害を与える。それゆえ、ハイウェイにおいては人間よりもクルマ優位は当然の事とされる。

「人間、轢いてみたいです」

 ドライバーが呟いた。オペレータはエッチ・ピンナップを足元に投げ、UNIXモニタで衛星地図を確認していた。

「人間? 貴方、こっちに配属されてどれくらいですか?」「まだ半月です」「そのうち轢けますよ。このハイウェイには色々やって来ますから」

「ハァ……はやく轢きたいですよ」「人間を轢くばかりでなく、機銃で撃つチャンスもありますよ。スリリングな体験ができます」

「モーターサイクル馬賊、ですね?」「その通り。しっかりと研修を受けているようですね」「勿論です」

 会話しながら、またバイオカンガルーを轢いた。カンオケ・トレーラーのフロントパネルがウォッシャーを展開し、前面を洗浄する。

 フロントガラスには様々なガイドが投射されている。カンオケ・トレーラーの旅はハード・スケジュールだ。オムラ・エンパイアが管理する補給施設を使いながら、南のアデレードから北のダーウィンまで、一気に縦断するというわけだ。

 彼らのパワード武者鎧はトレーラーのUNIXとLAN直結され、クローズド・ネットワークを形成、そのバイタル情報がモニタリングされている。自己責任で精神状態の安定化が義務付けられおり、必要に応じて、兜のガスマスク部分のチューブからZBRやタノシイの気体の吸入を行う。

「バイオカンガルー、食べたら美味ですか?」「食べられますけど、私は食べませんね。ジャーキーや睾丸は売っていますが、ゲテモノ扱いですよ」「ハァ」

 ドライバーとオペレーターの胸には年収オムロの数字が液晶パネル表示されている。オムロとはオムラ経済圏で使用されるディジタル通貨の単位だ。奇遇な事に、ドライバーとオペレーターの年収は同額であった。それゆえ気の置けない会話が可能であった。

「今日の補給ステーションでは分厚いステーキを食べたいものです」

「ステーキですか。いいですね。私はミソ・スープが飲みたいです」

「ミソ・スープですか」「生まれはネオサイタマでね」「それはそれは」

 KABOOOOOOM! 彼らの身体が浮き上がり、天井にパワード兜を衝突させた。「「グワーッ!?」」

 KRAAAAAAAAASH! それだけではない! 重力が移動し、彼らは数秒間気絶! 覚醒すると、妙である。大地の黄が右に、空の青が左にあるのだ。真横になっている! 転覆である!

『アラート。車体が転覆しています。ジェネレータ損傷はありません。ただちに然るべき緊急対処を行い、愛社精神を高めてください。オムラ、ダカラ! オムラ、イチバン!』

「ア、アイエエエ……!」「オ……オムラ! ダカラ! オムラ!」

 ドライバーは呻き声をあげ、オペレーターはガスマスクを手探りで装着、愛社シャウトして気持ちを切り替えた。

「と、とにかく、まずは車外へ」

「待ってください、転覆の原因を確認しないといけません。危険ですよ……!」

 オペレーターは焦りながらUNIXを操作し、電磁エコーレーダーを働かせる。

「まずい……やはり……!」

 彼はガスマスクの下で蒼ざめた。光点が点滅しながら接近してくる。金属反応だ。動きに法則性がある。即ち、バイオカンガルーではなく、これは……!

「モ……モーターサイクル馬賊です!」「なんですって!?」

 ナムサン! モーターサイクル馬賊! ハイウェイや周辺オフロードを行き交う輸送車輛を攻撃し、積荷物資を収奪するならず者たちだ!

「ハイウェイに地雷トラップが仕掛けられていたんですよ! 我々は注意を怠るという凡ミスをしてしまった。ケジメですね……」

「ケジメは後です! 機銃……ダメだ……! 使えない!」

 然り、横転状態!

「カイシャに救難信号を送信しましょう! 付近にオムラキャリアが来ていれば、戦士たちが……」

「も、勿論です!」オペレーターはSOS送信処理を急いだ。「ブッダよ……!」

 ドライバーは装甲ドアのロックを確かめた。破損はない。

「こ……このまま車内で籠城し、救援が来るのを待つのはどうでしょうか」「かなりリスキーですよ……」

『アブナイ! 燃料タンク付近にダメージを確認。エメツ反転炉のオーバーヒート危険を確かめる必要が発生しています。直ちにメンテナンスを行ってください』

「なんて事だ!」「ブッダ! ブッダ! 隠れてもいられない……!」

「このまま外へ飛び出して……トレーラーを置いて逃げては?」「ダメに決まっているでしょう! 愛社精神が問われますよ。オムラに滅私奉公する戦士たれ! オムラ・イチバン! そうしないとケジメやセプクなわけですしね!」

 二人は車内であわただしく会話した。最終的に観念し、彼らはドアを内側から蹴り開け、車外に這い出した。横転したトレーラーは確かに白い蒸気を噴き上げていた。

「クソッ……本当だ! 最悪だ!」

 ドライバーは蒸気の源に駆け寄った。シャーシに格納された応急処置キットを取り、破損個所に噴射する。かりそめに破損個所を塞ぎ、後は救援を待たねばならない。しかし……!

 ドルン! ドルルルルル! ドルルルルルルル! 拡散する蒸気が霧めいて視界を悪化させる中、モーターサイクルエンジン音が鳴り響いた。襲撃だ!

「オムラ! ダカラ! オムラ! イチバン!」

 オペレーターがオムラショットガンを構え、周囲を警戒!

「来い! クソッたれ馬賊ども! オムラ・エンパイアの財産は……アバッ!」

 回転しながら飛び来たった手投げ斧がオペレーターの顔面をパワード兜ごと叩き割った。オペレーターは痙攣しながら仰向けに倒れた! ナムアミダブツ! ドルルルルルルル! 迫りくる轟音の主、複数の影が太陽を遮るように高くジャンプした。モーターサイクルに跨った無法の者ども! モーターサイクル馬賊である!

「アイエエエエエ!」

 応急作業に格闘していたドライバーは悲鳴をあげた。BLAMN! 足元に銃弾が撥ねた!

「ハハーッ!」「イタダキーッ!」

 砂漠保護色のマントとターバンで身を包み、顔面に恐ろしいペイントを施したモーターサイクル馬賊はトレーラーの周囲をグルグルと回り、戯れめいてドライバーの足元をめがけ発砲した。BLAM! BLAM! BLAM!

「アイエエエエ!」

「ハハーッ!」

 後ずさり車体コンテナを背にするドライバーを、モーターサイクルにまたがった三人がたちまち取り囲んだ。

「オイ、まだ殺すなよ」「わかってら」

 野蛮な笑みをかわした彼らの一人がバイクから降りた。ネオサイタマ式の野蛮チョンマゲ・ヘアの男は、ドライバーの頭を無雑作に銃底で殴りつけた。「ヒヒーッ!」

「グワーッ!」殴打! 殴打! 殴打!「グワーッ! アイエエエエ!」

 バシューッ! 兜が圧縮空気を放出し、チューブが外れた。チョンマゲは兜を剥ぎ取り、投げ捨て、ドライバーを銃底で殴りつけた。

「イヤーッ!」「グワーッ! アイエエエエ!」

「ふざけた兜しやがってよ! オムラ野郎!」

「アイエエエ……命だけは……」

「そりゃお前の態度次第だよな! ドゲザしやがれ」

 ドライバーはドゲザした。賊はゲラゲラ笑った。チョンマゲがドライバーをいたぶる中、他の者らはコンテナをあらためにかかる。

「カシラァ! ロックかかってますぜ。ショットガンでも壊れねえやつかも!」

「……だとよ、ドライバー野郎。とっととパスコード教えやがれ」

「そ、それはオンライン管理されていて、カイシャへの申請が要ります。私のようなアシガル社員では権限が無く……」

「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」

 ドゲザ姿勢のドライバーの頭をサッカーボールめいて蹴る! ドライバーは土の上を転がった。折れた歯がみじめに散らばった。

「じゃあ殺してもいいッて事よ。お前の命に、価値がねェわ」

 チョンマゲは銃口をドライバーの顔面に当てた。それからコンテナに取りついた仲間たちを見て、

「何やってる。壊せねえなら、C4でも仕掛けて吹ッ飛ば……」

 KRA-TOOOOOOOOOOOM! 巨大な爆発が突如生じた! 黒い雷光があちこちに迸り、爆炎が膨れ上がった! ナムサン! エメツ反転炉の引火爆発だ!

「「「アバーッ!」」」

 コンテナが連鎖爆発! 吹き飛ぶモーターサイクル馬賊! 

「アバーッ!?」

 飛散した破片がチョンマゲの腰から上を吹き飛ばす! ナムアミダブツ!

「ア……ア……アイエエエエ……!?」

 地面に倒れていたドライバーはやがて、己が奇跡的に生存している事実に気づいた。爆風が身体の上を吹き抜けたのだ。這いずり、身を起こした。『エネルギバー……』歪んで駆動機構が破損したパワード武者鎧を懸命に脱ぎ捨てると、彼は投げ倒されていた馬賊のモーターサイクルを起こし、またがった。生存本能の赴くままに、彼は動いた。

 ドルッ、ドルッ……ドルッ……ドルルルルルル……! 数度のキックでモーターサイクルはエンジンを始動させた。

(ザッケンナコラー!)(スッゾオラー!)

 炎上するカンオケ・トレーラーの反対側から怒声が回り込んでくる。賊にも生存者がいるのだ! ドライバーはモーターサイクルを加速させる! ドルルルルル!

「アイエエエエエ!」

 危ういウイリーののち、モーターサイクルは直進を開始! ドライバーはハイウェイから離れるようにオフロードを走り出す! 

「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」

 ナムサン! しかし後方に追随する者達あり! モーターサイクル馬賊はしつこくドライバーを追いかけてきているのだ! 恐怖と共に繰り返し振り返り、彼は必死に速度を上げる!

「い……嫌だ! こんなところで……犬死には! イヤダーッ!」


◆◆◆


「妙だな」

 ヒュージシュリケンが目をすがめて呟いた。

「何が?」

 イグナイトは膨らませた風船ガムを割った。ヒュージシュリケンは砂塵の先頭の、もう少し前方を指さした。もっとよく確かめるために彼女はゴーグルを装着した。

「誰か走ってるぞ。追われてるな、あれ」

「ああホントだ」イグナイトは手をひさしにして眺める。「こんなところを一人旅か? ワケありかな。それともただのバカか」

「せっかくだから助けてみようか」

 ヒュージシュリケンはニヤリと笑い、モーターサイクルのリアフェンダーに固定された武骨な長方形の金属塊に指で触れた。これが彼女の得物。今の彼女の名前の由来……バタフライナイフめいて折りたたまれたダイシュリケンである。

「なにか面白い事があるかもよ」

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